灰朧(はいおぼろ Ash Turbid)    12

2006年04月24日

(11からつづく=右の「バックナンバー」中の11をクリック)

 仕事は急いだ方がいい。
 しきりに思った。

 荒川の河口に近い江東区南郊の、商店街の住宅密集地一角にある5階建てマンションのどこかの部屋に、青木は月に3回ずつ訪れていた。エレベーターに乗るところを見ると、2階から上の部屋なのだろう。
 時間はまちまちだが、訪問は週の前半に集中している。

 禅寺での急襲失敗の翌日、本牧の張り込みは打ち切り、
 新たに、このマンションへの張り込みを始めていた。

 青木のボディガードが、この訪問の時だけは1人に減るという人員配置は、あの日の禅寺でのしくじりの後にも変わらなかった。

 それで、あの襲撃失敗が、青木に察知されてはいなかったらしいことが分かった。

 幸運だった。

 それが分からなかったら、あの後で、俺は青木の反撃が気になり、身動き取れなくなっていただろう。

 青木の、このマンション通いが、アンテナにひっかかってきたのは、禅寺での襲撃未遂の、たしか10日前だった。

 その時は、
 あと10日ですべてが終わる、
と思っていたから、青木の動きについての、新たな、この発見に何の価値も感じず、捨てネタだと、軽く見ていた。

 しかし、今では、こんな幸運な巡り合わせは、めったにないことだった、とつくづく思う。
 今では、これが最後のよるべになっている。

 思えば、あの日、青木が、夕方5時過ぎに本牧を出て、このマンションに向かうという気まぐれを、偶然に起こしてくれたからだ。
 夕方6時までに限った張り込み網に、あの時、こうして入ってくれなかったなら、この訪問にはずっと気づけずにいたことだろう。

 青木の訪問をひたすら待ち続ける、ここ、江東区の商店街では、毎日、夕方の4時半から11時まで、夜目の利く赤外線感知式双眼鏡を三脚に据え、その照準を、マンション玄関に合わせていた。
 カーテンを引き、窓をわずかに開けただけの家具のない部屋が住処だった。

 そこは、青木が通うマンションと、車1台がやっと通れるような狭い道路を挟んで斜向かいの、古アパート4階の2DKの一室だった。2人一組で張るのは、前と一緒だ。

プラハ 濡れたヤ道 小説用.jpg
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 俺たちは、灯りをつけない、暗いその部屋でよく、
 シラサギに笑われちゃいかんゼ。
と、冗談めかして、小声で話しあった。

 それは、杉坂が箱根の塔ノ沢の早川の川岸で偶然見て、持ち帰った、刺すような一瞬の画像だった。

 車から降り川岸の大岩の上に横になった杉坂は、対岸に、急流の一点をじっと見詰める鶴に似た白い鳥が立っているのに気づいた。
 背丈50aぐらい。針金を思わせる細い体型で、羽根の白さが際だった。
 シラサギらしかった。
 白い鳥は、身動きもせず、水沫が跳ね上がる流れを見下ろしている。

 あれこれ推測を加えた末に、
 シラサギは、流れからそれて、川岸に体を休めにくる鮎か鱒を、辛抱強く待ち続けているらしい、と分かった。

 シラサギの辛抱はどれだけ続くのか?
 獲物は捕れるのか?
 それとも、
 諦めて飛び去るのか?

 杉坂は、結末を知りたくなった。
 見守り続けた。

 額を、玉が転がったなと思ったら、
両目の焦点が急にぼやけ、同時に感電したような痛みが走った。汗だった。

 暑かった。7月末の、赤道直下のような日差しが照りつけていた。
 すぐに、
 シラサギの観察者から、対決者に心の位置が変わっているのに気づいた。シラサギの根気に根負けして、その場を離れたら負け。
 いつしかそんな倫理に支配されていた。
 結末を見届けるまで、梃子(てこ)でも動かない。
 そう決めた。

 その場に凍り付くと、時間の過ぎ行きが、まどろっこしかった。
 目はシラサギを見詰めてはいるが、
 実は、
 永遠の時の流れの背後にひそむ虚無を覗き込んでいる気がしてきた。

 1時間も過ぎたろうか。
 白い鳥が、頭を滑り落とし、左に振って一閃させると、嘴にはさまれた棒のようなものがぶるぶる震え、銀色が宙に散乱したようにきらめき、無数の水滴が跳ね散った。

 鮎か、または、小型の鱒か何かを、シラサギが仕留めた瞬間だった。

 すべてが逆光の中での出来事だった。

 「やっぱ根性だな。これほど根気よくやれば、不可能なんてえことは……。ないらしい」
(次回へ続く)


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灰朧   11

2006年04月14日

(10からつづく=右の「バックナンバー」中の10をクリック)


 俺は、追い詰められていた。ほかの選択肢が、あの時、俺にあったか?
 組長の息子のクラスメートが、暗闇に、ほっと灯してくれた仄明かりに救われ、そっちのほうへ、幼児のように、ただ歩いていっただけだ。

ランブラ 横.JPG
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10、11……。
腹に築かれた新たな重心が、自己主張を始めていた。
おれは、さっきからここにいるぞ、と云っていた。

 そうだ。もう抜かなければならない。
 抜いて業火を噴射させた瞬間、
新たな、俺の命の流れが始まる。

 ゆっくり歩きながら、うつむきのまま、右手だけを静かに上げ、懐に手を差し込んだ。
 銃把を握り、トリガーに人差し指を掛けた。

 一瞬、鐘の音が響き渡った。破鐘の大音だった。
 「止静(しじょう)っ!」

 隅の鐘のあたりを見た。
 鐘撞きの紐を両手で握る、青黒く、痩せた若い僧が、
10bぐらい向こうからこっちを見ていた。

 誰だ?
 あいつは誰か?……
 分からぬ。
 
 歩き続けたまま、懐から手を抜き、平然を装って、単(たん)の畳に上がり、結跏趺坐した。

 座禅開始を皆に告げる合図の鐘が鳴ったのは、
偶然か?
 それとも、俺の動きを未然に封じるためだったのか?
 顔の皮膚ひとつ動かさず、静かに見えただろうが、
 しかし、俺の心の中は、推理の無数の触手が蠢き、絡み合い、熱く混乱していた。

 鐘を打つタイミングが良過ぎはしなかったか?

 俺の行動を止めるためだったなら、俺のことが、やがて青木の耳に届くだろう。
 鉄壁の警戒網がすぐに出来て、俺たちは頓挫する。
 今度はこっちが危なくなる。

 それにしても、誰か? あの僧は。

 両目を半眼に閉じ、俯きになって、面壁したまま、
左6,7bあたりで座禅を組む青木を、
 視覚、味覚を除く三覚と、第六勘を動員して探った。
 空気の動きはない。
 音はない。
 青木は、あのままの姿勢で座り続けている。

 谷と杉坂は、俺を待ち続けて、焦ってはいないか?
 1時半を過ぎて現れなかったら中止で、解散するという打ち合わせになってはいるが……。

 警策を掲げて巡り続ける僧たちの、
衣擦れの音だけが、静寂の中に聞こえていた。

 伽羅が、微かに匂った。

(12へ続く)



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灰朧     10

2006年04月05日

(9からつづく=右の「バックナンバー」中の9をクリック)

 10分間の休憩を、座禅堂の廊下で思い思いに過ごした参禅者たちが、2回目の座禅に入るため、列になって堂内へ戻っていく。寡黙な蟻に似ている。

 修行者たちの丹念な拭き掃除で黒光りする広い木床に、足音が低く轟き、俺の腹に響いてくる。

 列の中に青木がいるのを見届け、俺は、ゆっくり30数えてから堂内に入った。

ランブラ.JPG
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 入口の敷居を跨ぎつつ見ると、青木の座形は整っていた。既に内面に向き合っているらしかった。

 腹のモーゼルを、衣の上から触って確かめ、
 薄闇の中を歩き始める。
 左折してから数えた。

 1、2、3……。
 鼓膜が膨らむ。ドクッ、ドクッ、ドクッ……。
 体中の血管が怒張し、心臓の鼓動が耳を襲う。
 頭は、だが、不思議と冷えている。

 中央の菩薩像の前の、香炉からくゆる伽羅(きゃら)の煙が、宙で止まっていた。
 長さ1.2bの警策(けいさく)板の中央部を両手に載せて横にし、胸のあたりに捧げ、顔を伏し気味に、堂内を巡る、テラテラ頭の青剃りの青年僧が、
じれったいほどのスローモーションで歩いている。

 錯覚か?

 瞬きを繰り返し穴のあくほどじっと見たが、同じだ。
俺の視神経に何かが起きたらしい。

 理由はひとつだ。
 俺の神経組織が、いつもより何倍も速いスピードで世界を
捉えているのだろう。

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 4、5、6……。
 俺の右腕を両手で捉え、右足で俺の足を軽く蹴り、下から微笑んで見上げるのは誰だ? 切なくなるような幸福感。あれは、一緒になって間もない頃だったな?

 頭が、もの凄いスピードで動いている。
 過去のさまざまな場面が、走馬灯になって急速度で右回転する。

 7、8、9……。
 力士のように大きな男のニキビ顔が、駅から届く蛍光灯の薄明かりに、ほの白く見える。
 柔道2段、185aの己の力を確信しているのだろう。
薄笑いし、一揉みに片付けようと、素早く覆いかぶさってくる。
反射して、右拳を突き上げ、鼻の下に叩き込む。

 小さなものが口から飛び出す。
 一瞬、白々した光を宙にきらめかせ、闇へ消えた。
 残像になって残った。

 歯が飛び散った、と思った。

 力士風は、仰向けに崩れ、腰をつく。
 頭を振って回復を急ぐ力士風に間合いを詰め、
右足を後ろに引き、左足に重心を置いて、前蹴り体勢を取る。

 胡坐をかいて座り込んだ、1歳上の大男が、鼻と口を両手で横拭きすると、両手は黒く染まった。薄闇が色を消しているが、血だった。

「もういい……、わかった。終わりにしてくれ……」
 16歳で知った、力の味。

 あれは、何の始まりだったのか。
 
(11へ続く)


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灰朧   9

2006年03月30日

(8からつづく=右の「バックナンバー」中の8をクリック)


「来週殺(や)るぞ……。問題はやった後だ。無事に逃げなきゃいけねえ。2人でスケ(助け)ぇしてくれ。タニは、寺の駐車場で、車のエンジンかけたまんま、中で待っててくれ。ドアぁ、ちょっと開けたまんまでな。殺った後で、俺が中に駆け込む。スギはなぁ。タニんとっから500bの、この石屋の裏だ。ここで、あの地味なカローラで待っててくれ。俺が、タニの車でここまで行って、スギの車に乗り換えるから。これで追っ手をまけるだろうよ。大事なのは慌てねえことだ。荒い運転で、クルマぁ、キーキー音立てたりしたらだめだぜ。目立っちまって、目撃者を増やすからサ」

 青木が毎週通う座禅堂がある寺の、周辺のゼンリン地図を指で突きながら、谷と杉坂に段取りを詳しく説明した後、その足で、
 組長代理の家に行った。
代理は寝ていたが、姉さんに起こしてもらった。
そして、決行の日時を打ち明けた。
 午前1時に近かった。黙ってうなずいた縞のパジャマ姿の代理の目が、1回だけ、壁の灯りを反射して、キラッと光った。

「分かったそうだよ」
 翌朝6時過ぎに、代理が俺の携帯に電話してきた。

 組長に,
代理が、俺が話した実行計画を伝えた。

組長が、
それを聴いた、吉報を待っている、
という意味だ。
これなら、誰が盗聴してても、何のことか分からない。

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 腹に、ずしりと重しが入った。
 18aの銃身をもつモーゼルの、黒い自動拳銃は、きっかり1`グラムある。
 腹に巻いたさらし木綿の、へその上に差し込んだ。
 墨染めの、前合わせの座禅着がたっぷりしているから、
姿見で見たら腹が少し出て見えるだけで、気づかれる心配はなかったが、参禅者たちの視線はやはり気になった。

 座禅堂に軽く合掌して入り、心持ち顔を左に向けて、青木がいつも座るあたりを、目の隅で探った。
 薄闇の下に、方型になった肉塊があった。
 まるで、黒い布を被せた臼だった。
 左脇にボディガードが静かに座っていた。

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 2人の真後ろを、通路が縦に走っている。
 距離感を計るために、入口で左折して、その通路を静かに歩き始めた。歩数を数える。
 左折後、12歩目が青木の背中の位置にあたった。

 で、立ち止まって殺るのは、13歩目に決めた。

 俺は、前を向いたままさらに10歩歩き、畳に上がり、面壁して結跏趺坐(けっかふざ)した。

 座禅は3回ある。
 決行は、2回目の座禅の始まる直前と決めた。

 歩き始めて13歩目で左を向く。

 腹から引き抜いた自動拳銃の銃口を、
 青木の右後ろから、
 その背中にすえ、
 右人差し指でトリガーを引く。

 弾丸は1秒間に5発の速度で連射される。

 マガジンの20発の弾丸は、4秒で撃ち尽くされる。
 4秒の間に、銃口を左に少し動かせば、
 危険なボディガードも同時に食える。
(10へ続く)



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灰朧    8

2006年03月22日

(7からつづく=右の「バックナンバー」中の7をクリック)


 組員500人の頂点に立つ、裏社会の権力者、青木が、トイレ掃除を真っ先に希望している。
 ヤクザの組長についての世間の通念を覆す、感動的な眺めだった。
皮肉でなく、文字通りに。

ヨット 小説用.jpg
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 四つんばいになり、ぞうきんでリノリウムの床を拭きながら覗いた。
青木が、
8つ並んだ男用便器の右から二つ目に、素手の右手を突っ込み、ぞうきんで拭き洗いしていた。
 前屈みの顔は、あごの周囲のたるみが心持ち取れて引き締まり、アクが抜けた感じだ。
 左隣りの便器では、職人刈りのボディガードも、青木にならい我慢強い表情でやっていた。だが目に力がない。こっちの動きには、やはり内発性が欠けていた。青木に引っ張られて、嫌々ながらやっているからじゃないのか。

 青木は、半伽ふ座する。

 伽羅の香りが座禅堂に満ちている。
 堂内は、外界を隔てる障子で光が適度に抑えられていて、陰翳が濃い。

 壁に向かって座る青木の背は揺るがない。畳から生えた大木の切り株を思わせる。
 頭を心持ち下向きにし、半眼に閉じた両目が前の壁あたりに止められ、両手は丹田の下に組んでいる。

 座禅は40分ずつ3回繰りかえされる。それが終わると作務の掃除が30分ある。
 襲撃できる隙は、至る所に転がっていた。

 とくに座禅中は、面壁し背を見せて静止しているので、
後ろから撃ってくれと言わぬばかりだった。
 傍に、影のようになっていつも付き添うボディガードが少しやっかいだが、モーゼルの38口径オートマチックの連射を浴びせれば、2人いっぺんになぎ払える。
 問題なしだ。

 ほかの座禅者たちは、一様に、座禅堂の内壁に向いて座っているから、いつ襲ったって見られる心配はない。
 ひょっとすると、あの様子では、
 銃声がしたって誰も振り向かないかも知れない。

「青木は、座禅にはまってるようですから、ここ当分寺に通い続けるでしょう。ぱったりと行かなくなることはまずないよな。しばらく一緒に座禅やって、様子を見続けてもっと見極める方がいいけど、でも、勝負は早く決めたい。今の状況なら、ヤッテクレっていわんばかりじゃないすか。いただいちゃいましょうよ、なるべくはやく」
 杉坂が言った。

「青木をつけはじめて、まだ1ヶ月半か。3ヶ月は覚悟してたんだがな。こんなに早く運が巡って来るとは思わなかった。正直」

 そういいながら、最初のプランの、
青木が通う、神奈川県西部にあるゴルフ場の、
第17ホールの近くにある、ミカン畑のことを思い出していた。

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 畑の、ミカンの木の鬱蒼とした葉の陰に隠れて青木がボールをホールに寄せて来るのをじっと待つ。現れた青木の大きな頭を、狙いすました望遠鏡つきライフルの、重い鉛弾で吹っ飛ばす。
 これがプランの中身だった。
 ミカンの木から、ホールまでは目見当で50b。成功するのは、間違いなかった。
だが、問題があった。

 青木は、3人のボディガードをいつも連れている。
青木のほかに、俺が倒せるのはせいぜい1人だろう。
青木が倒れれば、残りは芝生に這いつくばり、カニのようになって次の狙撃から必死で逃げようとするはずだから。
 残る2人も倒しておかなければならない。
でないと逆襲される。

この2人は誰がやるのか。

 当然、谷と杉坂の役回りだが、
 ライフルがそろって下手なのは、
九十九里浜で実見済みだった。
(9へ続く)

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灰朧          7

2006年03月13日

(6からつづく=右の「バックナンバー」中の6をクリック)

張り込みを始めて1ヶ月の間に、青木は、新幹線で1度遠出したほかは、本牧のドヤに落ち着いていた。
禅寺とゴルフに釣り、サウナが繰り返され、横浜中心部の組事務所へ不意に出かけ、銀座の百貨店に1度行った。あまり活動的ではなかった。意外だった。
もっとも張り込みは朝8時から夕方の6時までだから、青木の顔は半分しか見えていなかった。
この業界には夜行型が多い。張り込みを夜にしていたら、きっと、もっと違った動きを見せたのだろう。だが、夜は、青木の身辺警備が昼よりずっと緊密になる。
確実に殺るなら、昼しかなかった。

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パソコンの張り込み記録を見ると、
確実に繰り返され、しかも、時間にそれほど狂いがないのは、毎週1回ずつの座禅とゴルフ、3日に1度のサウナだった。

青木のボディガードは、座禅が1人、ゴルフは3人、サウナが2人だ。人数は、判で押したように毎回一緒だ。
勤務表を作って、当番制で若頭たちに、ボディガードをさせているのだ。同じ組内だから、そんなところは手に取るように分かる。

「一番殺(や)りやすいのは座禅だな。次にゴルフか…。サウナも悪くなさそうだが、風呂の中じゃぁ、殺った後で逃げ場がねえなぁ……」
「サウナじゃ素っ裸だから、チャカ(拳銃)は、バスタオルにくるんでどっかに隠しておかきゃいけませんね。ボディガードが2人くっ付いてるから、動く前に見つかりそうだな…。裸だと逃げにくいしな。まあ、バスタオルいっちょで駆けだして、外で待ってる車に乗り込むって段取りになるけど、バスタオル落としたらフルチンになっちゃうな……。ぶらぶらさせて……、格好悪いやぁ」

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「東京都港区白金1丁目、佐藤権六」
俺は入会申込書にそのように書き入れ、入会金1000円を添えて無想寺の参禅会受付に提出し、会員になった。
 隣の着替え室に入ると、十人あまりが座禅着に着替えているところだった。

 俺はGパンにTシャツ姿の、そのままの格好でやることにした。
 参禅者は150人を超えているようだった。
 十余人の表情には、いずれもどこかに愁いのような感じがあった。
抱えきれない悩みでもあるというのか?
「人生をあまりに難しく考えすぎちゃいないか? おいっ!」
と、肩でもどやしつけたい気分が湧いてくるのを押さえつけるのがたいへんだった。

 青木を認めたのは、参禅会の最終段階、作務(さむ)の作業の前に、全員が廊下に招集された時だった。

「それでは作務に入ります。東司(とうす)掃除の希望者はいらっしゃいますか?」
枯れ木のように老いた世話役が問うと、
真っ先に手を挙げ、集団から半歩前に出たのが、丸坊主のレスラーのような短躯の男だった。
 青木だった。左後ろに似たような体型の若い職人刈りが影のようにしてくっついていた。
 東司(とうす)とは、便所のことだ。
(8へ続く)


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灰朧 6

2006年03月10日

(5からつづく=右の「バックナンバー」中の5をクリック)

前を行くベンツが、生麦ランプ手前で左車線に寄った。
それに合わせてハンドルを左に切ると、間の車がいなくなり、ベンツのすぐ後についた。
いきなり裸にされたような気分だった。

ランプからおりたベンツは、京急生麦駅の先で線路を潜り、狭い道をゆっくりと進んだ。
大きな木立に覆われた場所に出て、奥に続く道にためらいなく入って行った。
俺は、手前の入口で慎重に停車し、先を行くベンツを目で追う。やがて広場に止まるのが見えた。

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近くに大きな山門があるところを見ると、そこは大きな寺の駐車場らしかった。
ベンツの運転席から出てきた作務衣のような和服を着た黒装束の男が、暗い遮蔽フィルターで隠された後部右ドアを開ける。大脳視覚野にいやというほどに刻み込んだ青木が出てきた。男と同じく、墨染めの衣に、墨染めの袴。雪駄履きだ。

青木は男の先に立ち、奥への道に上がり、古いどっしりした木造建築の方へゆっくりと歩いて行った。
何をしようというのか?
法事か?

谷がすぐに着くだろう。探ってもらおう。

3年前、関東龍友会一家の総寄り合いが箱根湯本の古い旅館であったとき、俺は組長の運転手でついて行き、青木を遠くから見た。
全国から200余人の組長が集まり、側近も合わせれば1000人以上はいたから、俺が顔を覚えられている心配はまずない。だが、慎重にやるのにこしたことはない。

「いやぁ、びっくりしたなぁ……、まさかねぇ。酒々井さん、青木、何しに来たって思います? ちょっと試しに言ってみてくださいよ。当てずっぽうでいいから」
切り妻の大屋根を載せた建物から小走りで戻った谷が、額と小鼻に汗を浮かべ、息を弾ませた。

「……そうさなあ。坊さんの所へ布施でも持ってきたか? 出入りで死んだ組員たちに、経でもあげてもらおうってぇ訳で……」
「外れです。座禅スよ、座禅座禅。座禅んっ…。今日は誰でも参加出来る日曜参禅会ってえのがここであって、それなようなんです。ここ、禅宗の総本山の無想寺って寺だそうです…。まっさかなぁ…、座禅なんてなぁ……。考えらんねぇよ」

 俺の描いた絵図を、頭の中で練った通りに、うまく成功させられるだろうか。いや、どうしてもやり遂げるんだ。やり遂げて…、そして、俺が浮かび上がったそこに、いったい何があるのか、この目で、しっかりと見届けるのだ。

 張り込みと尾行を繰り返していたあの頃、俺は、そこにだけ思いを注ぎ込んでいた。
 あれは、
俺の力の限界を見極めたい。
いや、限界を超えてその先へゆこうという、
俺の、俺自身への挑戦だったという気がする。

 きっかけは、組から与えられたものだった。
 だが、それが俺にもたらされた瞬間、それは、俺の奥深いところから湧き出たかのように、
 すぐに、俺自身のテーマになった。

 俺は何者なのか? 何をやろうとしているのか? そしてどこへ行こうとしているのか?
 そんな疑問に、ときどき揺すぶられ、己にはぐれる。
 あれは、そんな俺自身をしっかりと確かめるための試し石だった。
 俺が無意識に求めていたものが、ああいう形をとって、ある日突然、姿を現したのだ。

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 朝8時から夕方6時までに限定して、何も考えずに、本牧周辺での青木の動きを、細大もらさず見張り続ける。
 1ヶ月、それで足りなければ2ヶ月3ヶ月と続ける。
 青木の行動の習癖は、この観察できっとつかめる。俺が、動物行動学から得た知識だ。

 パソコンのハードディスクの中には、
 青木が日々の行動の繰り返しの中で示した、警備の手薄な場所や時間帯が、細かく記録されている。観察記録を1ヶ月、2ヶ月と続けるうちに、それらはくっきりと浮き出してくる。

それらの中で、青木が、その日かならず繰り返し、しかも攻撃に対してもっとも弱点をさらす隙を、綿密な調査と勘で探し出し、先回りをして待ち伏せし、現れた青木に、火柱のような一点集中攻撃をしかけるのだ。
(7へ続く)


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灰朧 5

2006年02月23日

(4からつづく=右の「バックナンバー」中の4をクリック)


桜島がまた爆発する。
きょうは、いつもより頻繁だ。
 硝子戸の向こうを斜めに走る火山灰が激しくなり、さっきまで見えていた城山のホテルがかすむ。

 硝子戸脇の安楽椅子に、ラップトップ型のパソコンが載っている。その左脇に、512メガバイトのクリップドライブが刺さっている。
 この長さ4aの棒の中に、3ヶ月余りの青木の行動が記録されている。毎日3人が交代で尾行し、その動きを分単位で漏らさずノートに記録し、それを俺が、毎晩パソコンに打ち込んで積み重ねたのだ。
この棒の膨大な記録の中から、欲しいデータはキーワード入力ですぐに引き出せる。
 キーワードは「▼手薄」だ。
 ボディーガードが、青木の周りに手薄だったすべての時間帯の頭に打ち込んである。

メモリー.JPG
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 漆黒の鏡が現れたと思った。
 磨き抜かれた大型ベンツの車体が、まるで黒く燃え上がって発光しているかのように輝いていた。
青木の車だ。

 枝道をゆっくり来て、国道手前の赤信号で止まる。
 目が吸い付けられ、心臓が早鐘を打った。
 張り込みを始めて9日目だった。

 車は国道に入り、山下公園の方へ向かう。すぐに追った。
 ベンツとの間の上り車線には、既にほかの3台が入っていて、すぐ前の車が運転べたでのろかった。ベンツに時々引き離され見失いかけた。

 日曜の朝なのに、道は混雑していた。桜木町でくびれた狭い道を抜け、高速横羽線に入る。
 間の2台は脇道にそれてすでに消え、一台置いて後が俺の車だった。ベンツは東京方面へ向け、速度を上げた。

「タニ、タニ、聞こえるか? いま横羽線だ。東京方面へ向かってる。すぐ来てくれ」
「わかりました」
 携帯電話の向こうで、谷が答えた。

 前日までは、嫌な8日間だった。
 片側3車線の国道を、車がひっきりなしに行き過ぎ、切れ目がなかった。
 その国道の、交差点近くのむこうとこっちで、道路脇に車を止め、朝早くから夕方まで、青木の車を待った。

 1時間ごとに車を入れ替えた。
 同じ車が、同じ場所に長く止まっていれば、怪しまれる。組関係の修理工場から、目立たぬ日本車を、毎日借り換えては使っていた。

 車内で、心を張りつめ、排ガスを吸いながら、何もせず、ただじっと交差点を見張った。
 獲物を待つときめきは最初の2時間ぐらいのものだった。

花再び.JPG
写真をクリック

 関東龍友会一家瀬谷組の青木組長の家は、横浜市中心部の
本牧にあり、土とコンクリートでかさ上げした敷地に建っていた。四方がクリーム色の高い塀で囲まれ、中は見えなかった。
抗争の時には要塞になる造りだ。家族はいない。

 本牧埠頭に近いその要塞から車で出かけるには、交通量の多い国道に必ず出なければならない。
 東京方面への上り車線と、鎌倉方面への下り車線に、1台ずつ張り付けて待てば、逃さずに尾行出来る。
1日2人ずつ、3人が代わる代わる車の中で張った。
(6回へ続く)


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灰朧 4

2006年02月16日

(3からつづく=右の「バックナンバー」中の3をクリック)

 駆け出しの頃、俺より一回り年上の代理は、いまの俺と同じ「助出方」で、俺を使いっ走りにして側に置き、この世界の決まり事をいちいち指南してくれた。
 短気で、怒鳴り上げられることもたびたびだったが、反感はもたなかった。
 俺が、命のやりとりを覚悟して、ドスを懐に飲んで出掛け、鉄火な仕事に形をつけて帰って来るまで、代理は、組事務所で、用事があるような顔で、分厚いスケッチブックに何やら描きながら、ひとり待っていてくれた。

 そこで顔が合うと、
「おう、帰ったか」とひとこと言ってから、どこへともなく消えた。
 伝わって来るものがあった。
 それはいつまでも残った。

ダダイズム 石彫.JPG
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 料理屋から帰る間際に、あんな余計なことを口走ったのは何故だったか。
「全力でやらせてもらいます。これは、言いにくいんですが、万一うまくやれたら、足を洗わせてやっちゃぁもらえませんか」

 代理は、俺の目をじっと見て黙り込み、しばらくしてから言った。
「それぁ難しい話だなぁ、五郎。青木をやった後だからなぁ。組の根っこを握るお前さんをおっ放すってぇことになる。んん、しばらくおれに預からしてみてくんねぇか。折をみて持ちかけてみよう」

 生きながら死んでいるというのはこういうことなのか。
 俺の目に入る外界は、火山灰に似た、始末におえぬ薄闇がいつもかかり、
 徒労感が、深い。

 振り返れば、
光をつかんだのは、突然露出した俺自身を、一挙に炸裂させたあの瞬間だけだった。
俺の指先のひと揺らぎが、
青光りする目で俺をなめる、爬虫類に似たあの生き物を後ろになぎ倒し、
その後ろにつながるすべてのものをぶっちぎった。
そのとたん、俺は陶酔の中に入った。

まぶたの裏を、朱の光が、かくやくと貫き、
嬉しくて嬉しくて仕方なく、
それが満ち、あふれ、
嬉しさに耐え切れなくなって、
こんどは泣き出したいような、
ごちゃまぜの収拾つかぬ気分の真っ只中に置かれているのだった。

あの時俺は、3,40分も、泣き笑いのだれた顔で、あの場所に突っ立っていた気がするが、
状況を考えると、多分、何秒かの間だったのだろう。

生きるも死ぬも同じだ。
同じことの裏と表だ。俺は、いつ、どうなったっていい、
出来るなら、明日の朝は目覚めないでくれ、と、
眠りにつく前、一人に返って、よく願う。

一人娘の5歳の静は、田舎の母と一緒に住んでいる。
心配をかけ通しだった女房は、ちょうど1年半前に逝った。

 まったく不思議な気がする。
足を洗わせて欲しい、なんてセンチな言い草が、あの時、いったい俺のどこから出たのだろう。
思ってさえいなかったのに、口が動いていた。

ステンドグラス ザグラダファミリア.JPG
(写真をクリック)
(5へ続く)


posted by Jiraux at 10:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説

灰朧     3

2006年02月10日

(2からつづく=右の「バックナンバー」中の2をクリック)

それを命じられたのは、千葉名物の、畑の砂塵が強風にひっきりなしに巻き上げられる、荒々しい冬の日だった。夕日が東京湾の向こう側に沈んで、街の人々がシルエットになり始めた頃、呼び出されて、銚子の古い料理屋に着くと、庭付きの部屋に組長代理がいた。

「お前さんが、あの大学う中退して、うちい来てから、もうだいぶ経つな。かれこれ、15年か?」
どっしりとした卓子の向こうから、正座する俺に聞いてきた。
「14年と3ヶ月です」
「そうか、もうそんな時間がたったか。どうだ、馴染めたかな。渡世に」
「何とか、やれてます」

夜景・闇 プラハ 小説用.JPG
(写真をクリック)

 顎から鼻下にかけて髭を蓄えた、ローマ時代の闘技場に登場してもおかしくない、頑丈な闘士を思わせる代理は、それ以上余計な口はきかなかった。
 石庭に見入って沈黙した後、大きな顔をゆっくり戻して俺を見据え、きついことをつぶやいた。

「龍ノ口の、青木の玉あ、取ってくれるか」
 龍ノ口組の青木六輔組長を、後腐れなく暗殺してくれ。
 そう言っていた。

龍ノ口組は、俺たちの組の上部組織、広域暴力団関東龍友会一家内で最有力の組だ。
青木は、構成員3万人を抱える関東龍友会一家ナンバー2の代貸だ。沖中士から叩き上げた総長は、心臓病で死の床についていた。一家内の多くが、青木を「次の総長」と見ていた。

53歳で身長160a前後と小さいが、重量挙げの選手を思わす体型に切れ長の眼が特徴的だった。
怒ると狂う。その時奴が、ヤッパ握ってたら何があっても近寄るな、と恐れられた。
 1970年代半ばに、渋谷を根城にした新興暴力団、一声会との間で起きた縄張り争い「道玄坂戦争」で、「鉄砲弾」になって先駆けを切ったのが若い青木だった。

 一声会が龍友会の縄張り内のナイトクラブ2階で密かに開いたルーレットの賭場に、青木は屋根を伝ってトイレの小窓から忍び込んだ。ハンカチで手を拭く振りをしながらトイレのドアを開けると、奥のソファに座る胴元に微笑みかけて歩み寄り、腹から引き抜いたワルサーを正面から3発続けてぶっ放した。

 客たちが逃げ場を求めて賭場は混乱し、その隙に、客に紛れたタキシード姿の青木は3階の窓から飛び降りた、という。

 賭場には、右目を撃ち抜かれた胴元が、赤絨毯をどす黒く染め、息絶えていた。
 ここから始まった抗争は、半年後、双方で20人の死者がでたところで、京都の組長が仲裁に立った。龍友会一家が一声会を飲み込むきっかけとなったこの「戦争」で死ぬ気でいた青木は、運良く怪我もせずに生き残り、売り出したのだった。

拳銃 狙う1.JPG

 青木の命を、なぜもらわなければならないのか。望んでいるのは誰か。説明はなかった。
 命じられた仕事を、歯車のひとつになってただ黙々と仕上げる。
 それがこの世界の掟だった。誰が何のために命令を出したのか、という疑問は余計なこと。 機能だけが価値を生むこの世界では、無意味なのだった。

 聞かなくともおおまかなことは分かっていた。
 総長が死にかかり、跡目相続が近いこの時期に、青木と五分の義兄弟の俺の親分が、青木より一枚下の龍友会一家代貸補でいることが絡んでいるのだろう。

 断りを入れるわけには行かなかった。
 俺に仕事を差配した組長代理は、俺の親代わりだ。
 ここで10年余もやってこられたのは組長代理のお陰だ。
(4へつづく)


posted by Jiraux at 23:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説

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