Jiraux's novels 小説 - 2006年03月
灰朧   9 (2006年03月30日)
灰朧    8 (2006年03月22日)
灰朧          7 (2006年03月13日)
灰朧 6 (2006年03月10日)

灰朧   9

2006年03月30日

(8からつづく=右の「バックナンバー」中の8をクリック)


「来週殺(や)るぞ……。問題はやった後だ。無事に逃げなきゃいけねえ。2人でスケ(助け)ぇしてくれ。タニは、寺の駐車場で、車のエンジンかけたまんま、中で待っててくれ。ドアぁ、ちょっと開けたまんまでな。殺った後で、俺が中に駆け込む。スギはなぁ。タニんとっから500bの、この石屋の裏だ。ここで、あの地味なカローラで待っててくれ。俺が、タニの車でここまで行って、スギの車に乗り換えるから。これで追っ手をまけるだろうよ。大事なのは慌てねえことだ。荒い運転で、クルマぁ、キーキー音立てたりしたらだめだぜ。目立っちまって、目撃者を増やすからサ」

 青木が毎週通う座禅堂がある寺の、周辺のゼンリン地図を指で突きながら、谷と杉坂に段取りを詳しく説明した後、その足で、
 組長代理の家に行った。
代理は寝ていたが、姉さんに起こしてもらった。
そして、決行の日時を打ち明けた。
 午前1時に近かった。黙ってうなずいた縞のパジャマ姿の代理の目が、1回だけ、壁の灯りを反射して、キラッと光った。

「分かったそうだよ」
 翌朝6時過ぎに、代理が俺の携帯に電話してきた。

 組長に,
代理が、俺が話した実行計画を伝えた。

組長が、
それを聴いた、吉報を待っている、
という意味だ。
これなら、誰が盗聴してても、何のことか分からない。

ガーゴイル 列.jpg
(写真をクリック)


 腹に、ずしりと重しが入った。
 18aの銃身をもつモーゼルの、黒い自動拳銃は、きっかり1`グラムある。
 腹に巻いたさらし木綿の、へその上に差し込んだ。
 墨染めの、前合わせの座禅着がたっぷりしているから、
姿見で見たら腹が少し出て見えるだけで、気づかれる心配はなかったが、参禅者たちの視線はやはり気になった。

 座禅堂に軽く合掌して入り、心持ち顔を左に向けて、青木がいつも座るあたりを、目の隅で探った。
 薄闇の下に、方型になった肉塊があった。
 まるで、黒い布を被せた臼だった。
 左脇にボディガードが静かに座っていた。

豚1.jpg
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 2人の真後ろを、通路が縦に走っている。
 距離感を計るために、入口で左折して、その通路を静かに歩き始めた。歩数を数える。
 左折後、12歩目が青木の背中の位置にあたった。

 で、立ち止まって殺るのは、13歩目に決めた。

 俺は、前を向いたままさらに10歩歩き、畳に上がり、面壁して結跏趺坐(けっかふざ)した。

 座禅は3回ある。
 決行は、2回目の座禅の始まる直前と決めた。

 歩き始めて13歩目で左を向く。

 腹から引き抜いた自動拳銃の銃口を、
 青木の右後ろから、
 その背中にすえ、
 右人差し指でトリガーを引く。

 弾丸は1秒間に5発の速度で連射される。

 マガジンの20発の弾丸は、4秒で撃ち尽くされる。
 4秒の間に、銃口を左に少し動かせば、
 危険なボディガードも同時に食える。
(10へ続く)



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灰朧    8

2006年03月22日

(7からつづく=右の「バックナンバー」中の7をクリック)


 組員500人の頂点に立つ、裏社会の権力者、青木が、トイレ掃除を真っ先に希望している。
 ヤクザの組長についての世間の通念を覆す、感動的な眺めだった。
皮肉でなく、文字通りに。

ヨット 小説用.jpg
(写真をクリック)


 四つんばいになり、ぞうきんでリノリウムの床を拭きながら覗いた。
青木が、
8つ並んだ男用便器の右から二つ目に、素手の右手を突っ込み、ぞうきんで拭き洗いしていた。
 前屈みの顔は、あごの周囲のたるみが心持ち取れて引き締まり、アクが抜けた感じだ。
 左隣りの便器では、職人刈りのボディガードも、青木にならい我慢強い表情でやっていた。だが目に力がない。こっちの動きには、やはり内発性が欠けていた。青木に引っ張られて、嫌々ながらやっているからじゃないのか。

 青木は、半伽ふ座する。

 伽羅の香りが座禅堂に満ちている。
 堂内は、外界を隔てる障子で光が適度に抑えられていて、陰翳が濃い。

 壁に向かって座る青木の背は揺るがない。畳から生えた大木の切り株を思わせる。
 頭を心持ち下向きにし、半眼に閉じた両目が前の壁あたりに止められ、両手は丹田の下に組んでいる。

 座禅は40分ずつ3回繰りかえされる。それが終わると作務の掃除が30分ある。
 襲撃できる隙は、至る所に転がっていた。

 とくに座禅中は、面壁し背を見せて静止しているので、
後ろから撃ってくれと言わぬばかりだった。
 傍に、影のようになっていつも付き添うボディガードが少しやっかいだが、モーゼルの38口径オートマチックの連射を浴びせれば、2人いっぺんになぎ払える。
 問題なしだ。

 ほかの座禅者たちは、一様に、座禅堂の内壁に向いて座っているから、いつ襲ったって見られる心配はない。
 ひょっとすると、あの様子では、
 銃声がしたって誰も振り向かないかも知れない。

「青木は、座禅にはまってるようですから、ここ当分寺に通い続けるでしょう。ぱったりと行かなくなることはまずないよな。しばらく一緒に座禅やって、様子を見続けてもっと見極める方がいいけど、でも、勝負は早く決めたい。今の状況なら、ヤッテクレっていわんばかりじゃないすか。いただいちゃいましょうよ、なるべくはやく」
 杉坂が言った。

「青木をつけはじめて、まだ1ヶ月半か。3ヶ月は覚悟してたんだがな。こんなに早く運が巡って来るとは思わなかった。正直」

 そういいながら、最初のプランの、
青木が通う、神奈川県西部にあるゴルフ場の、
第17ホールの近くにある、ミカン畑のことを思い出していた。

白い家.JPG
(写真をクリック)


 畑の、ミカンの木の鬱蒼とした葉の陰に隠れて青木がボールをホールに寄せて来るのをじっと待つ。現れた青木の大きな頭を、狙いすました望遠鏡つきライフルの、重い鉛弾で吹っ飛ばす。
 これがプランの中身だった。
 ミカンの木から、ホールまでは目見当で50b。成功するのは、間違いなかった。
だが、問題があった。

 青木は、3人のボディガードをいつも連れている。
青木のほかに、俺が倒せるのはせいぜい1人だろう。
青木が倒れれば、残りは芝生に這いつくばり、カニのようになって次の狙撃から必死で逃げようとするはずだから。
 残る2人も倒しておかなければならない。
でないと逆襲される。

この2人は誰がやるのか。

 当然、谷と杉坂の役回りだが、
 ライフルがそろって下手なのは、
九十九里浜で実見済みだった。
(9へ続く)

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灰朧          7

2006年03月13日

(6からつづく=右の「バックナンバー」中の6をクリック)

張り込みを始めて1ヶ月の間に、青木は、新幹線で1度遠出したほかは、本牧のドヤに落ち着いていた。
禅寺とゴルフに釣り、サウナが繰り返され、横浜中心部の組事務所へ不意に出かけ、銀座の百貨店に1度行った。あまり活動的ではなかった。意外だった。
もっとも張り込みは朝8時から夕方の6時までだから、青木の顔は半分しか見えていなかった。
この業界には夜行型が多い。張り込みを夜にしていたら、きっと、もっと違った動きを見せたのだろう。だが、夜は、青木の身辺警備が昼よりずっと緊密になる。
確実に殺るなら、昼しかなかった。

Gaudhi.JPG
(写真をクリック)


パソコンの張り込み記録を見ると、
確実に繰り返され、しかも、時間にそれほど狂いがないのは、毎週1回ずつの座禅とゴルフ、3日に1度のサウナだった。

青木のボディガードは、座禅が1人、ゴルフは3人、サウナが2人だ。人数は、判で押したように毎回一緒だ。
勤務表を作って、当番制で若頭たちに、ボディガードをさせているのだ。同じ組内だから、そんなところは手に取るように分かる。

「一番殺(や)りやすいのは座禅だな。次にゴルフか…。サウナも悪くなさそうだが、風呂の中じゃぁ、殺った後で逃げ場がねえなぁ……」
「サウナじゃ素っ裸だから、チャカ(拳銃)は、バスタオルにくるんでどっかに隠しておかきゃいけませんね。ボディガードが2人くっ付いてるから、動く前に見つかりそうだな…。裸だと逃げにくいしな。まあ、バスタオルいっちょで駆けだして、外で待ってる車に乗り込むって段取りになるけど、バスタオル落としたらフルチンになっちゃうな……。ぶらぶらさせて……、格好悪いやぁ」

廃墟 プラハ 小説用.JPG
(写真をクリック)


「東京都港区白金1丁目、佐藤権六」
俺は入会申込書にそのように書き入れ、入会金1000円を添えて無想寺の参禅会受付に提出し、会員になった。
 隣の着替え室に入ると、十人あまりが座禅着に着替えているところだった。

 俺はGパンにTシャツ姿の、そのままの格好でやることにした。
 参禅者は150人を超えているようだった。
 十余人の表情には、いずれもどこかに愁いのような感じがあった。
抱えきれない悩みでもあるというのか?
「人生をあまりに難しく考えすぎちゃいないか? おいっ!」
と、肩でもどやしつけたい気分が湧いてくるのを押さえつけるのがたいへんだった。

 青木を認めたのは、参禅会の最終段階、作務(さむ)の作業の前に、全員が廊下に招集された時だった。

「それでは作務に入ります。東司(とうす)掃除の希望者はいらっしゃいますか?」
枯れ木のように老いた世話役が問うと、
真っ先に手を挙げ、集団から半歩前に出たのが、丸坊主のレスラーのような短躯の男だった。
 青木だった。左後ろに似たような体型の若い職人刈りが影のようにしてくっついていた。
 東司(とうす)とは、便所のことだ。
(8へ続く)


posted by Jiraux at 17:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説

灰朧 6

2006年03月10日

(5からつづく=右の「バックナンバー」中の5をクリック)

前を行くベンツが、生麦ランプ手前で左車線に寄った。
それに合わせてハンドルを左に切ると、間の車がいなくなり、ベンツのすぐ後についた。
いきなり裸にされたような気分だった。

ランプからおりたベンツは、京急生麦駅の先で線路を潜り、狭い道をゆっくりと進んだ。
大きな木立に覆われた場所に出て、奥に続く道にためらいなく入って行った。
俺は、手前の入口で慎重に停車し、先を行くベンツを目で追う。やがて広場に止まるのが見えた。

伊勢半 桃 2.JPG
(写真をクリック)


近くに大きな山門があるところを見ると、そこは大きな寺の駐車場らしかった。
ベンツの運転席から出てきた作務衣のような和服を着た黒装束の男が、暗い遮蔽フィルターで隠された後部右ドアを開ける。大脳視覚野にいやというほどに刻み込んだ青木が出てきた。男と同じく、墨染めの衣に、墨染めの袴。雪駄履きだ。

青木は男の先に立ち、奥への道に上がり、古いどっしりした木造建築の方へゆっくりと歩いて行った。
何をしようというのか?
法事か?

谷がすぐに着くだろう。探ってもらおう。

3年前、関東龍友会一家の総寄り合いが箱根湯本の古い旅館であったとき、俺は組長の運転手でついて行き、青木を遠くから見た。
全国から200余人の組長が集まり、側近も合わせれば1000人以上はいたから、俺が顔を覚えられている心配はまずない。だが、慎重にやるのにこしたことはない。

「いやぁ、びっくりしたなぁ……、まさかねぇ。酒々井さん、青木、何しに来たって思います? ちょっと試しに言ってみてくださいよ。当てずっぽうでいいから」
切り妻の大屋根を載せた建物から小走りで戻った谷が、額と小鼻に汗を浮かべ、息を弾ませた。

「……そうさなあ。坊さんの所へ布施でも持ってきたか? 出入りで死んだ組員たちに、経でもあげてもらおうってぇ訳で……」
「外れです。座禅スよ、座禅座禅。座禅んっ…。今日は誰でも参加出来る日曜参禅会ってえのがここであって、それなようなんです。ここ、禅宗の総本山の無想寺って寺だそうです…。まっさかなぁ…、座禅なんてなぁ……。考えらんねぇよ」

 俺の描いた絵図を、頭の中で練った通りに、うまく成功させられるだろうか。いや、どうしてもやり遂げるんだ。やり遂げて…、そして、俺が浮かび上がったそこに、いったい何があるのか、この目で、しっかりと見届けるのだ。

 張り込みと尾行を繰り返していたあの頃、俺は、そこにだけ思いを注ぎ込んでいた。
 あれは、
俺の力の限界を見極めたい。
いや、限界を超えてその先へゆこうという、
俺の、俺自身への挑戦だったという気がする。

 きっかけは、組から与えられたものだった。
 だが、それが俺にもたらされた瞬間、それは、俺の奥深いところから湧き出たかのように、
 すぐに、俺自身のテーマになった。

 俺は何者なのか? 何をやろうとしているのか? そしてどこへ行こうとしているのか?
 そんな疑問に、ときどき揺すぶられ、己にはぐれる。
 あれは、そんな俺自身をしっかりと確かめるための試し石だった。
 俺が無意識に求めていたものが、ああいう形をとって、ある日突然、姿を現したのだ。

伊勢半 青 1.JPG
(写真をクリック)

 朝8時から夕方6時までに限定して、何も考えずに、本牧周辺での青木の動きを、細大もらさず見張り続ける。
 1ヶ月、それで足りなければ2ヶ月3ヶ月と続ける。
 青木の行動の習癖は、この観察できっとつかめる。俺が、動物行動学から得た知識だ。

 パソコンのハードディスクの中には、
 青木が日々の行動の繰り返しの中で示した、警備の手薄な場所や時間帯が、細かく記録されている。観察記録を1ヶ月、2ヶ月と続けるうちに、それらはくっきりと浮き出してくる。

それらの中で、青木が、その日かならず繰り返し、しかも攻撃に対してもっとも弱点をさらす隙を、綿密な調査と勘で探し出し、先回りをして待ち伏せし、現れた青木に、火柱のような一点集中攻撃をしかけるのだ。
(7へ続く)


posted by Jiraux at 20:02 | Comment(1) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説

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