Jiraux's novels 小説 - 2006年04月
灰朧(はいおぼろ Ash Turbid)    12 (2006年04月24日)
灰朧   11 (2006年04月14日)
灰朧     10 (2006年04月05日)

灰朧(はいおぼろ Ash Turbid)    12

2006年04月24日

(11からつづく=右の「バックナンバー」中の11をクリック)

 仕事は急いだ方がいい。
 しきりに思った。

 荒川の河口に近い江東区南郊の、商店街の住宅密集地一角にある5階建てマンションのどこかの部屋に、青木は月に3回ずつ訪れていた。エレベーターに乗るところを見ると、2階から上の部屋なのだろう。
 時間はまちまちだが、訪問は週の前半に集中している。

 禅寺での急襲失敗の翌日、本牧の張り込みは打ち切り、
 新たに、このマンションへの張り込みを始めていた。

 青木のボディガードが、この訪問の時だけは1人に減るという人員配置は、あの日の禅寺でのしくじりの後にも変わらなかった。

 それで、あの襲撃失敗が、青木に察知されてはいなかったらしいことが分かった。

 幸運だった。

 それが分からなかったら、あの後で、俺は青木の反撃が気になり、身動き取れなくなっていただろう。

 青木の、このマンション通いが、アンテナにひっかかってきたのは、禅寺での襲撃未遂の、たしか10日前だった。

 その時は、
 あと10日ですべてが終わる、
と思っていたから、青木の動きについての、新たな、この発見に何の価値も感じず、捨てネタだと、軽く見ていた。

 しかし、今では、こんな幸運な巡り合わせは、めったにないことだった、とつくづく思う。
 今では、これが最後のよるべになっている。

 思えば、あの日、青木が、夕方5時過ぎに本牧を出て、このマンションに向かうという気まぐれを、偶然に起こしてくれたからだ。
 夕方6時までに限った張り込み網に、あの時、こうして入ってくれなかったなら、この訪問にはずっと気づけずにいたことだろう。

 青木の訪問をひたすら待ち続ける、ここ、江東区の商店街では、毎日、夕方の4時半から11時まで、夜目の利く赤外線感知式双眼鏡を三脚に据え、その照準を、マンション玄関に合わせていた。
 カーテンを引き、窓をわずかに開けただけの家具のない部屋が住処だった。

 そこは、青木が通うマンションと、車1台がやっと通れるような狭い道路を挟んで斜向かいの、古アパート4階の2DKの一室だった。2人一組で張るのは、前と一緒だ。

プラハ 濡れたヤ道 小説用.jpg
(写真をクリック)


 俺たちは、灯りをつけない、暗いその部屋でよく、
 シラサギに笑われちゃいかんゼ。
と、冗談めかして、小声で話しあった。

 それは、杉坂が箱根の塔ノ沢の早川の川岸で偶然見て、持ち帰った、刺すような一瞬の画像だった。

 車から降り川岸の大岩の上に横になった杉坂は、対岸に、急流の一点をじっと見詰める鶴に似た白い鳥が立っているのに気づいた。
 背丈50aぐらい。針金を思わせる細い体型で、羽根の白さが際だった。
 シラサギらしかった。
 白い鳥は、身動きもせず、水沫が跳ね上がる流れを見下ろしている。

 あれこれ推測を加えた末に、
 シラサギは、流れからそれて、川岸に体を休めにくる鮎か鱒を、辛抱強く待ち続けているらしい、と分かった。

 シラサギの辛抱はどれだけ続くのか?
 獲物は捕れるのか?
 それとも、
 諦めて飛び去るのか?

 杉坂は、結末を知りたくなった。
 見守り続けた。

 額を、玉が転がったなと思ったら、
両目の焦点が急にぼやけ、同時に感電したような痛みが走った。汗だった。

 暑かった。7月末の、赤道直下のような日差しが照りつけていた。
 すぐに、
 シラサギの観察者から、対決者に心の位置が変わっているのに気づいた。シラサギの根気に根負けして、その場を離れたら負け。
 いつしかそんな倫理に支配されていた。
 結末を見届けるまで、梃子(てこ)でも動かない。
 そう決めた。

 その場に凍り付くと、時間の過ぎ行きが、まどろっこしかった。
 目はシラサギを見詰めてはいるが、
 実は、
 永遠の時の流れの背後にひそむ虚無を覗き込んでいる気がしてきた。

 1時間も過ぎたろうか。
 白い鳥が、頭を滑り落とし、左に振って一閃させると、嘴にはさまれた棒のようなものがぶるぶる震え、銀色が宙に散乱したようにきらめき、無数の水滴が跳ね散った。

 鮎か、または、小型の鱒か何かを、シラサギが仕留めた瞬間だった。

 すべてが逆光の中での出来事だった。

 「やっぱ根性だな。これほど根気よくやれば、不可能なんてえことは……。ないらしい」
(次回へ続く)


posted by Jiraux at 15:57 | Comment(6) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説

灰朧   11

2006年04月14日

(10からつづく=右の「バックナンバー」中の10をクリック)


 俺は、追い詰められていた。ほかの選択肢が、あの時、俺にあったか?
 組長の息子のクラスメートが、暗闇に、ほっと灯してくれた仄明かりに救われ、そっちのほうへ、幼児のように、ただ歩いていっただけだ。

ランブラ 横.JPG
(写真をクリック)

10、11……。
腹に築かれた新たな重心が、自己主張を始めていた。
おれは、さっきからここにいるぞ、と云っていた。

 そうだ。もう抜かなければならない。
 抜いて業火を噴射させた瞬間、
新たな、俺の命の流れが始まる。

 ゆっくり歩きながら、うつむきのまま、右手だけを静かに上げ、懐に手を差し込んだ。
 銃把を握り、トリガーに人差し指を掛けた。

 一瞬、鐘の音が響き渡った。破鐘の大音だった。
 「止静(しじょう)っ!」

 隅の鐘のあたりを見た。
 鐘撞きの紐を両手で握る、青黒く、痩せた若い僧が、
10bぐらい向こうからこっちを見ていた。

 誰だ?
 あいつは誰か?……
 分からぬ。
 
 歩き続けたまま、懐から手を抜き、平然を装って、単(たん)の畳に上がり、結跏趺坐した。

 座禅開始を皆に告げる合図の鐘が鳴ったのは、
偶然か?
 それとも、俺の動きを未然に封じるためだったのか?
 顔の皮膚ひとつ動かさず、静かに見えただろうが、
 しかし、俺の心の中は、推理の無数の触手が蠢き、絡み合い、熱く混乱していた。

 鐘を打つタイミングが良過ぎはしなかったか?

 俺の行動を止めるためだったなら、俺のことが、やがて青木の耳に届くだろう。
 鉄壁の警戒網がすぐに出来て、俺たちは頓挫する。
 今度はこっちが危なくなる。

 それにしても、誰か? あの僧は。

 両目を半眼に閉じ、俯きになって、面壁したまま、
左6,7bあたりで座禅を組む青木を、
 視覚、味覚を除く三覚と、第六勘を動員して探った。
 空気の動きはない。
 音はない。
 青木は、あのままの姿勢で座り続けている。

 谷と杉坂は、俺を待ち続けて、焦ってはいないか?
 1時半を過ぎて現れなかったら中止で、解散するという打ち合わせになってはいるが……。

 警策を掲げて巡り続ける僧たちの、
衣擦れの音だけが、静寂の中に聞こえていた。

 伽羅が、微かに匂った。

(12へ続く)



posted by Jiraux at 18:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説

灰朧     10

2006年04月05日

(9からつづく=右の「バックナンバー」中の9をクリック)

 10分間の休憩を、座禅堂の廊下で思い思いに過ごした参禅者たちが、2回目の座禅に入るため、列になって堂内へ戻っていく。寡黙な蟻に似ている。

 修行者たちの丹念な拭き掃除で黒光りする広い木床に、足音が低く轟き、俺の腹に響いてくる。

 列の中に青木がいるのを見届け、俺は、ゆっくり30数えてから堂内に入った。

ランブラ.JPG
(写真をクリック)

 入口の敷居を跨ぎつつ見ると、青木の座形は整っていた。既に内面に向き合っているらしかった。

 腹のモーゼルを、衣の上から触って確かめ、
 薄闇の中を歩き始める。
 左折してから数えた。

 1、2、3……。
 鼓膜が膨らむ。ドクッ、ドクッ、ドクッ……。
 体中の血管が怒張し、心臓の鼓動が耳を襲う。
 頭は、だが、不思議と冷えている。

 中央の菩薩像の前の、香炉からくゆる伽羅(きゃら)の煙が、宙で止まっていた。
 長さ1.2bの警策(けいさく)板の中央部を両手に載せて横にし、胸のあたりに捧げ、顔を伏し気味に、堂内を巡る、テラテラ頭の青剃りの青年僧が、
じれったいほどのスローモーションで歩いている。

 錯覚か?

 瞬きを繰り返し穴のあくほどじっと見たが、同じだ。
俺の視神経に何かが起きたらしい。

 理由はひとつだ。
 俺の神経組織が、いつもより何倍も速いスピードで世界を
捉えているのだろう。

鼻欠け石彫 フルビエール.JPG
(写真をクリック)

 4、5、6……。
 俺の右腕を両手で捉え、右足で俺の足を軽く蹴り、下から微笑んで見上げるのは誰だ? 切なくなるような幸福感。あれは、一緒になって間もない頃だったな?

 頭が、もの凄いスピードで動いている。
 過去のさまざまな場面が、走馬灯になって急速度で右回転する。

 7、8、9……。
 力士のように大きな男のニキビ顔が、駅から届く蛍光灯の薄明かりに、ほの白く見える。
 柔道2段、185aの己の力を確信しているのだろう。
薄笑いし、一揉みに片付けようと、素早く覆いかぶさってくる。
反射して、右拳を突き上げ、鼻の下に叩き込む。

 小さなものが口から飛び出す。
 一瞬、白々した光を宙にきらめかせ、闇へ消えた。
 残像になって残った。

 歯が飛び散った、と思った。

 力士風は、仰向けに崩れ、腰をつく。
 頭を振って回復を急ぐ力士風に間合いを詰め、
右足を後ろに引き、左足に重心を置いて、前蹴り体勢を取る。

 胡坐をかいて座り込んだ、1歳上の大男が、鼻と口を両手で横拭きすると、両手は黒く染まった。薄闇が色を消しているが、血だった。

「もういい……、わかった。終わりにしてくれ……」
 16歳で知った、力の味。

 あれは、何の始まりだったのか。
 
(11へ続く)


posted by Jiraux at 12:41 | Comment(0) | TrackBack(1) | Jiraux's novel 小説

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