灰朧     3

2006年02月10日

(2からつづく=右の「バックナンバー」中の2をクリック)

それを命じられたのは、千葉名物の、畑の砂塵が強風にひっきりなしに巻き上げられる、荒々しい冬の日だった。夕日が東京湾の向こう側に沈んで、街の人々がシルエットになり始めた頃、呼び出されて、銚子の古い料理屋に着くと、庭付きの部屋に組長代理がいた。

「お前さんが、あの大学う中退して、うちい来てから、もうだいぶ経つな。かれこれ、15年か?」
どっしりとした卓子の向こうから、正座する俺に聞いてきた。
「14年と3ヶ月です」
「そうか、もうそんな時間がたったか。どうだ、馴染めたかな。渡世に」
「何とか、やれてます」

夜景・闇 プラハ 小説用.JPG
(写真をクリック)

 顎から鼻下にかけて髭を蓄えた、ローマ時代の闘技場に登場してもおかしくない、頑丈な闘士を思わせる代理は、それ以上余計な口はきかなかった。
 石庭に見入って沈黙した後、大きな顔をゆっくり戻して俺を見据え、きついことをつぶやいた。

「龍ノ口の、青木の玉あ、取ってくれるか」
 龍ノ口組の青木六輔組長を、後腐れなく暗殺してくれ。
 そう言っていた。

龍ノ口組は、俺たちの組の上部組織、広域暴力団関東龍友会一家内で最有力の組だ。
青木は、構成員3万人を抱える関東龍友会一家ナンバー2の代貸だ。沖中士から叩き上げた総長は、心臓病で死の床についていた。一家内の多くが、青木を「次の総長」と見ていた。

53歳で身長160a前後と小さいが、重量挙げの選手を思わす体型に切れ長の眼が特徴的だった。
怒ると狂う。その時奴が、ヤッパ握ってたら何があっても近寄るな、と恐れられた。
 1970年代半ばに、渋谷を根城にした新興暴力団、一声会との間で起きた縄張り争い「道玄坂戦争」で、「鉄砲弾」になって先駆けを切ったのが若い青木だった。

 一声会が龍友会の縄張り内のナイトクラブ2階で密かに開いたルーレットの賭場に、青木は屋根を伝ってトイレの小窓から忍び込んだ。ハンカチで手を拭く振りをしながらトイレのドアを開けると、奥のソファに座る胴元に微笑みかけて歩み寄り、腹から引き抜いたワルサーを正面から3発続けてぶっ放した。

 客たちが逃げ場を求めて賭場は混乱し、その隙に、客に紛れたタキシード姿の青木は3階の窓から飛び降りた、という。

 賭場には、右目を撃ち抜かれた胴元が、赤絨毯をどす黒く染め、息絶えていた。
 ここから始まった抗争は、半年後、双方で20人の死者がでたところで、京都の組長が仲裁に立った。龍友会一家が一声会を飲み込むきっかけとなったこの「戦争」で死ぬ気でいた青木は、運良く怪我もせずに生き残り、売り出したのだった。

拳銃 狙う1.JPG

 青木の命を、なぜもらわなければならないのか。望んでいるのは誰か。説明はなかった。
 命じられた仕事を、歯車のひとつになってただ黙々と仕上げる。
 それがこの世界の掟だった。誰が何のために命令を出したのか、という疑問は余計なこと。 機能だけが価値を生むこの世界では、無意味なのだった。

 聞かなくともおおまかなことは分かっていた。
 総長が死にかかり、跡目相続が近いこの時期に、青木と五分の義兄弟の俺の親分が、青木より一枚下の龍友会一家代貸補でいることが絡んでいるのだろう。

 断りを入れるわけには行かなかった。
 俺に仕事を差配した組長代理は、俺の親代わりだ。
 ここで10年余もやってこられたのは組長代理のお陰だ。
(4へつづく)


posted by Jiraux at 23:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説
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