灰朧 4

2006年02月16日

(3からつづく=右の「バックナンバー」中の3をクリック)

 駆け出しの頃、俺より一回り年上の代理は、いまの俺と同じ「助出方」で、俺を使いっ走りにして側に置き、この世界の決まり事をいちいち指南してくれた。
 短気で、怒鳴り上げられることもたびたびだったが、反感はもたなかった。
 俺が、命のやりとりを覚悟して、ドスを懐に飲んで出掛け、鉄火な仕事に形をつけて帰って来るまで、代理は、組事務所で、用事があるような顔で、分厚いスケッチブックに何やら描きながら、ひとり待っていてくれた。

 そこで顔が合うと、
「おう、帰ったか」とひとこと言ってから、どこへともなく消えた。
 伝わって来るものがあった。
 それはいつまでも残った。

ダダイズム 石彫.JPG
(写真をクリック)

 料理屋から帰る間際に、あんな余計なことを口走ったのは何故だったか。
「全力でやらせてもらいます。これは、言いにくいんですが、万一うまくやれたら、足を洗わせてやっちゃぁもらえませんか」

 代理は、俺の目をじっと見て黙り込み、しばらくしてから言った。
「それぁ難しい話だなぁ、五郎。青木をやった後だからなぁ。組の根っこを握るお前さんをおっ放すってぇことになる。んん、しばらくおれに預からしてみてくんねぇか。折をみて持ちかけてみよう」

 生きながら死んでいるというのはこういうことなのか。
 俺の目に入る外界は、火山灰に似た、始末におえぬ薄闇がいつもかかり、
 徒労感が、深い。

 振り返れば、
光をつかんだのは、突然露出した俺自身を、一挙に炸裂させたあの瞬間だけだった。
俺の指先のひと揺らぎが、
青光りする目で俺をなめる、爬虫類に似たあの生き物を後ろになぎ倒し、
その後ろにつながるすべてのものをぶっちぎった。
そのとたん、俺は陶酔の中に入った。

まぶたの裏を、朱の光が、かくやくと貫き、
嬉しくて嬉しくて仕方なく、
それが満ち、あふれ、
嬉しさに耐え切れなくなって、
こんどは泣き出したいような、
ごちゃまぜの収拾つかぬ気分の真っ只中に置かれているのだった。

あの時俺は、3,40分も、泣き笑いのだれた顔で、あの場所に突っ立っていた気がするが、
状況を考えると、多分、何秒かの間だったのだろう。

生きるも死ぬも同じだ。
同じことの裏と表だ。俺は、いつ、どうなったっていい、
出来るなら、明日の朝は目覚めないでくれ、と、
眠りにつく前、一人に返って、よく願う。

一人娘の5歳の静は、田舎の母と一緒に住んでいる。
心配をかけ通しだった女房は、ちょうど1年半前に逝った。

 まったく不思議な気がする。
足を洗わせて欲しい、なんてセンチな言い草が、あの時、いったい俺のどこから出たのだろう。
思ってさえいなかったのに、口が動いていた。

ステンドグラス ザグラダファミリア.JPG
(写真をクリック)
(5へ続く)


posted by Jiraux at 10:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説
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