灰朧 5

2006年02月23日

(4からつづく=右の「バックナンバー」中の4をクリック)


桜島がまた爆発する。
きょうは、いつもより頻繁だ。
 硝子戸の向こうを斜めに走る火山灰が激しくなり、さっきまで見えていた城山のホテルがかすむ。

 硝子戸脇の安楽椅子に、ラップトップ型のパソコンが載っている。その左脇に、512メガバイトのクリップドライブが刺さっている。
 この長さ4aの棒の中に、3ヶ月余りの青木の行動が記録されている。毎日3人が交代で尾行し、その動きを分単位で漏らさずノートに記録し、それを俺が、毎晩パソコンに打ち込んで積み重ねたのだ。
この棒の膨大な記録の中から、欲しいデータはキーワード入力ですぐに引き出せる。
 キーワードは「▼手薄」だ。
 ボディーガードが、青木の周りに手薄だったすべての時間帯の頭に打ち込んである。

メモリー.JPG
(写真をクリック)


 漆黒の鏡が現れたと思った。
 磨き抜かれた大型ベンツの車体が、まるで黒く燃え上がって発光しているかのように輝いていた。
青木の車だ。

 枝道をゆっくり来て、国道手前の赤信号で止まる。
 目が吸い付けられ、心臓が早鐘を打った。
 張り込みを始めて9日目だった。

 車は国道に入り、山下公園の方へ向かう。すぐに追った。
 ベンツとの間の上り車線には、既にほかの3台が入っていて、すぐ前の車が運転べたでのろかった。ベンツに時々引き離され見失いかけた。

 日曜の朝なのに、道は混雑していた。桜木町でくびれた狭い道を抜け、高速横羽線に入る。
 間の2台は脇道にそれてすでに消え、一台置いて後が俺の車だった。ベンツは東京方面へ向け、速度を上げた。

「タニ、タニ、聞こえるか? いま横羽線だ。東京方面へ向かってる。すぐ来てくれ」
「わかりました」
 携帯電話の向こうで、谷が答えた。

 前日までは、嫌な8日間だった。
 片側3車線の国道を、車がひっきりなしに行き過ぎ、切れ目がなかった。
 その国道の、交差点近くのむこうとこっちで、道路脇に車を止め、朝早くから夕方まで、青木の車を待った。

 1時間ごとに車を入れ替えた。
 同じ車が、同じ場所に長く止まっていれば、怪しまれる。組関係の修理工場から、目立たぬ日本車を、毎日借り換えては使っていた。

 車内で、心を張りつめ、排ガスを吸いながら、何もせず、ただじっと交差点を見張った。
 獲物を待つときめきは最初の2時間ぐらいのものだった。

花再び.JPG
写真をクリック

 関東龍友会一家瀬谷組の青木組長の家は、横浜市中心部の
本牧にあり、土とコンクリートでかさ上げした敷地に建っていた。四方がクリーム色の高い塀で囲まれ、中は見えなかった。
抗争の時には要塞になる造りだ。家族はいない。

 本牧埠頭に近いその要塞から車で出かけるには、交通量の多い国道に必ず出なければならない。
 東京方面への上り車線と、鎌倉方面への下り車線に、1台ずつ張り付けて待てば、逃さずに尾行出来る。
1日2人ずつ、3人が代わる代わる車の中で張った。
(6回へ続く)


posted by Jiraux at 00:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説
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