灰朧    8

2006年03月22日

(7からつづく=右の「バックナンバー」中の7をクリック)


 組員500人の頂点に立つ、裏社会の権力者、青木が、トイレ掃除を真っ先に希望している。
 ヤクザの組長についての世間の通念を覆す、感動的な眺めだった。
皮肉でなく、文字通りに。

ヨット 小説用.jpg
(写真をクリック)


 四つんばいになり、ぞうきんでリノリウムの床を拭きながら覗いた。
青木が、
8つ並んだ男用便器の右から二つ目に、素手の右手を突っ込み、ぞうきんで拭き洗いしていた。
 前屈みの顔は、あごの周囲のたるみが心持ち取れて引き締まり、アクが抜けた感じだ。
 左隣りの便器では、職人刈りのボディガードも、青木にならい我慢強い表情でやっていた。だが目に力がない。こっちの動きには、やはり内発性が欠けていた。青木に引っ張られて、嫌々ながらやっているからじゃないのか。

 青木は、半伽ふ座する。

 伽羅の香りが座禅堂に満ちている。
 堂内は、外界を隔てる障子で光が適度に抑えられていて、陰翳が濃い。

 壁に向かって座る青木の背は揺るがない。畳から生えた大木の切り株を思わせる。
 頭を心持ち下向きにし、半眼に閉じた両目が前の壁あたりに止められ、両手は丹田の下に組んでいる。

 座禅は40分ずつ3回繰りかえされる。それが終わると作務の掃除が30分ある。
 襲撃できる隙は、至る所に転がっていた。

 とくに座禅中は、面壁し背を見せて静止しているので、
後ろから撃ってくれと言わぬばかりだった。
 傍に、影のようになっていつも付き添うボディガードが少しやっかいだが、モーゼルの38口径オートマチックの連射を浴びせれば、2人いっぺんになぎ払える。
 問題なしだ。

 ほかの座禅者たちは、一様に、座禅堂の内壁に向いて座っているから、いつ襲ったって見られる心配はない。
 ひょっとすると、あの様子では、
 銃声がしたって誰も振り向かないかも知れない。

「青木は、座禅にはまってるようですから、ここ当分寺に通い続けるでしょう。ぱったりと行かなくなることはまずないよな。しばらく一緒に座禅やって、様子を見続けてもっと見極める方がいいけど、でも、勝負は早く決めたい。今の状況なら、ヤッテクレっていわんばかりじゃないすか。いただいちゃいましょうよ、なるべくはやく」
 杉坂が言った。

「青木をつけはじめて、まだ1ヶ月半か。3ヶ月は覚悟してたんだがな。こんなに早く運が巡って来るとは思わなかった。正直」

 そういいながら、最初のプランの、
青木が通う、神奈川県西部にあるゴルフ場の、
第17ホールの近くにある、ミカン畑のことを思い出していた。

白い家.JPG
(写真をクリック)


 畑の、ミカンの木の鬱蒼とした葉の陰に隠れて青木がボールをホールに寄せて来るのをじっと待つ。現れた青木の大きな頭を、狙いすました望遠鏡つきライフルの、重い鉛弾で吹っ飛ばす。
 これがプランの中身だった。
 ミカンの木から、ホールまでは目見当で50b。成功するのは、間違いなかった。
だが、問題があった。

 青木は、3人のボディガードをいつも連れている。
青木のほかに、俺が倒せるのはせいぜい1人だろう。
青木が倒れれば、残りは芝生に這いつくばり、カニのようになって次の狙撃から必死で逃げようとするはずだから。
 残る2人も倒しておかなければならない。
でないと逆襲される。

この2人は誰がやるのか。

 当然、谷と杉坂の役回りだが、
 ライフルがそろって下手なのは、
九十九里浜で実見済みだった。
(9へ続く)

posted by Jiraux at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | Jiraux's novel 小説
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