(10からつづく=右の「バックナンバー」中の10をクリック)
俺は、追い詰められていた。ほかの選択肢が、あの時、俺にあったか?
組長の息子のクラスメートが、暗闇に、ほっと灯してくれた仄明かりに救われ、そっちのほうへ、幼児のように、ただ歩いていっただけだ。
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10、11……。
腹に築かれた新たな重心が、自己主張を始めていた。
おれは、さっきからここにいるぞ、と云っていた。
そうだ。もう抜かなければならない。
抜いて業火を噴射させた瞬間、
新たな、俺の命の流れが始まる。
ゆっくり歩きながら、うつむきのまま、右手だけを静かに上げ、懐に手を差し込んだ。
銃把を握り、トリガーに人差し指を掛けた。
一瞬、鐘の音が響き渡った。破鐘の大音だった。
「止静(しじょう)っ!」
隅の鐘のあたりを見た。
鐘撞きの紐を両手で握る、青黒く、痩せた若い僧が、
10bぐらい向こうからこっちを見ていた。
誰だ?
あいつは誰か?……
分からぬ。
歩き続けたまま、懐から手を抜き、平然を装って、単(たん)の畳に上がり、結跏趺坐した。
座禅開始を皆に告げる合図の鐘が鳴ったのは、
偶然か?
それとも、俺の動きを未然に封じるためだったのか?
顔の皮膚ひとつ動かさず、静かに見えただろうが、
しかし、俺の心の中は、推理の無数の触手が蠢き、絡み合い、熱く混乱していた。
鐘を打つタイミングが良過ぎはしなかったか?
俺の行動を止めるためだったなら、俺のことが、やがて青木の耳に届くだろう。
鉄壁の警戒網がすぐに出来て、俺たちは頓挫する。
今度はこっちが危なくなる。
それにしても、誰か? あの僧は。
両目を半眼に閉じ、俯きになって、面壁したまま、
左6,7bあたりで座禅を組む青木を、
視覚、味覚を除く三覚と、第六勘を動員して探った。
空気の動きはない。
音はない。
青木は、あのままの姿勢で座り続けている。
谷と杉坂は、俺を待ち続けて、焦ってはいないか?
1時半を過ぎて現れなかったら中止で、解散するという打ち合わせになってはいるが……。
警策を掲げて巡り続ける僧たちの、
衣擦れの音だけが、静寂の中に聞こえていた。
伽羅が、微かに匂った。
(12へ続く)
