(11からつづく=右の「バックナンバー」中の11をクリック)
仕事は急いだ方がいい。
しきりに思った。
荒川の河口に近い江東区南郊の、商店街の住宅密集地一角にある5階建てマンションのどこかの部屋に、青木は月に3回ずつ訪れていた。エレベーターに乗るところを見ると、2階から上の部屋なのだろう。
時間はまちまちだが、訪問は週の前半に集中している。
禅寺での急襲失敗の翌日、本牧の張り込みは打ち切り、
新たに、このマンションへの張り込みを始めていた。
青木のボディガードが、この訪問の時だけは1人に減るという人員配置は、あの日の禅寺でのしくじりの後にも変わらなかった。
それで、あの襲撃失敗が、青木に察知されてはいなかったらしいことが分かった。
幸運だった。
それが分からなかったら、あの後で、俺は青木の反撃が気になり、身動き取れなくなっていただろう。
青木の、このマンション通いが、アンテナにひっかかってきたのは、禅寺での襲撃未遂の、たしか10日前だった。
その時は、
あと10日ですべてが終わる、
と思っていたから、青木の動きについての、新たな、この発見に何の価値も感じず、捨てネタだと、軽く見ていた。
しかし、今では、こんな幸運な巡り合わせは、めったにないことだった、とつくづく思う。
今では、これが最後のよるべになっている。
思えば、あの日、青木が、夕方5時過ぎに本牧を出て、このマンションに向かうという気まぐれを、偶然に起こしてくれたからだ。
夕方6時までに限った張り込み網に、あの時、こうして入ってくれなかったなら、この訪問にはずっと気づけずにいたことだろう。
青木の訪問をひたすら待ち続ける、ここ、江東区の商店街では、毎日、夕方の4時半から11時まで、夜目の利く赤外線感知式双眼鏡を三脚に据え、その照準を、マンション玄関に合わせていた。
カーテンを引き、窓をわずかに開けただけの家具のない部屋が住処だった。
そこは、青木が通うマンションと、車1台がやっと通れるような狭い道路を挟んで斜向かいの、古アパート4階の2DKの一室だった。2人一組で張るのは、前と一緒だ。
(写真をクリック)
俺たちは、灯りをつけない、暗いその部屋でよく、
シラサギに笑われちゃいかんゼ。
と、冗談めかして、小声で話しあった。
それは、杉坂が箱根の塔ノ沢の早川の川岸で偶然見て、持ち帰った、刺すような一瞬の画像だった。
車から降り川岸の大岩の上に横になった杉坂は、対岸に、急流の一点をじっと見詰める鶴に似た白い鳥が立っているのに気づいた。
背丈50aぐらい。針金を思わせる細い体型で、羽根の白さが際だった。
シラサギらしかった。
白い鳥は、身動きもせず、水沫が跳ね上がる流れを見下ろしている。
あれこれ推測を加えた末に、
シラサギは、流れからそれて、川岸に体を休めにくる鮎か鱒を、辛抱強く待ち続けているらしい、と分かった。
シラサギの辛抱はどれだけ続くのか?
獲物は捕れるのか?
それとも、
諦めて飛び去るのか?
杉坂は、結末を知りたくなった。
見守り続けた。
額を、玉が転がったなと思ったら、
両目の焦点が急にぼやけ、同時に感電したような痛みが走った。汗だった。
暑かった。7月末の、赤道直下のような日差しが照りつけていた。
すぐに、
シラサギの観察者から、対決者に心の位置が変わっているのに気づいた。シラサギの根気に根負けして、その場を離れたら負け。
いつしかそんな倫理に支配されていた。
結末を見届けるまで、梃子(てこ)でも動かない。
そう決めた。
その場に凍り付くと、時間の過ぎ行きが、まどろっこしかった。
目はシラサギを見詰めてはいるが、
実は、
永遠の時の流れの背後にひそむ虚無を覗き込んでいる気がしてきた。
1時間も過ぎたろうか。
白い鳥が、頭を滑り落とし、左に振って一閃させると、嘴にはさまれた棒のようなものがぶるぶる震え、銀色が宙に散乱したようにきらめき、無数の水滴が跳ね散った。
鮎か、または、小型の鱒か何かを、シラサギが仕留めた瞬間だった。
すべてが逆光の中での出来事だった。
「やっぱ根性だな。これほど根気よくやれば、不可能なんてえことは……。ないらしい」
(次回へ続く)
